2007年02月18日

「がんばれ」論

「がんばれ」というのは基本的には自分に使う言葉で、他人に使うときに用法を間違えると逆効果になることがあります。

今朝の朝日新聞の投稿欄「声」に”「頑張れ」とはしんどい言葉”がありました。私も同感で、「がんばれ」という言葉は極力使わないようにしています。そこで私も「がんばれ」論を。

「がんばれ」の正しい使い方
・オリンピックの「前畑がんばれ」みたいに、頑張るパワーのある人が、頑張る方法を自覚して一生懸命に取り組んでいるときに、「頑張れ」と声援を送るのは多いに結構です。

・「がんばれ」で是非紹介したいのが、1985年日航機墜落事故Flash。事故調発表資料からボイスレコーダの音声(+テキスト)、飛行経路を淡々と作りこんだものです。ボイスレコーダーの解説は日本航空123便墜落事故 - Wikipedia「地上との交信」にあります。

18:24「何か爆発したぞ」。コントロール不能に陥りながらも、最後の最後まで必死に操縦します。機長は「ターンライト」「ターンレフト」「あたま上げろ」「あたま下げろ」「パワー」。しかし、「山にぶつかるぞ」、「あーあだめだ」。そして18:48「がんばれがんばれ」。その後も必死の努力が続きますが18:56、衝撃音で音声が途絶えます。

この「がんばれ」の音声記録には、心ゆさぶられます。FLAHは読み込みに少し時間がかかりますが、是非聞いてみてください。「がんばれ」とは、こんなにも必死の努力をいうのだと、圧倒されました。


「がんばれ」の間違った使い方
問題は、がんばるパワーがないとか、がんばり方がわからないとか、十分にがんばっているのだけれど成果がないなどで悩んでいる、困難な状況にある人に対して、「がんばれ」と励ます場合。これがかえって逆効果になります。相手の状況におかまいなく、安易に「がんばれ」と言うのは、結果的に「がんばれ」と言った人が、励ましたという自己満足を得るための行為にしかなりません。励ましという形をとりながら、ないものを出せ出せと要求するに等しく、その心が相手を傷つけます。弱っているときには、人の心に敏感になりますから。

「がんばれ」と言った理由は、とにかく何か励ましの言葉をかけたかっただけで、他に言葉がなかったからというのがほとんどでしょう。でもその本音は、何か言って自分の中で解決してしまわないと落ち着かないので、相手に「がんばれ」と言って、終わったことにしてしまうということではないでしょうか。

慣用句「ご愁傷様」は、葬式以外の場面では皮肉として使われることがあります。「がんばれ」は用法を間違えると凶器にさえなります。凶器になるかどうかは状況次第です。


「がんばれ」に代わる言葉
・「大丈夫よ」「急ぐことないんだから」「あとでゆっくり考えればいいんだから」は、いかがでしょう。

・私は言葉がなかったり、相手がひどく弱っていたりしたら、黙ってそっとその方の手を取って、私の両手で包みこんだり、肩に手を置いたり。静かな時が流れて・・・、それだけです。

・私はクリスチャンですから、困難な状況にあるときに人から言われて一番嬉しいのは「あなたのために祈っています」という言葉です。自分は無力であなたのために何もしてあげられないけれども、あなたのために全能なる神に祈っています、というのは最高の励ましです。

クリスチャンでない方から「あなたのために祈っています」と言われるのも嬉しいです。あなたのために、私が一番信頼している信仰の対象に祈っていますというのですから、その気持ちはやはり嬉しく、励まされます。お守りをプレゼントするというのも、あなたのために祈っていることを形で表わす、という行為なのだと思います。

私は、クリスチャンでない困難な状況にある人に対しても、どうしても何か励ましの言葉をかけたいというときには、「あなたのために祈っています」と別れ際に言う事がありますが、結構これが喜ばれます。あなたのためにあなたの見えないところでそっと私の神に祈るだけで、相手に何も求めないのですから、相手も勝手にしろ、だけどその気持ちは嬉しいということなのでしょう。

・「痩蛙まけるな一茶ここにあり」
 えんぴつでなぞり書き「俳句百選」の解説に、「痩せた蛙に「がんばれ!」と声をかけるようすが目に浮ぶ。」とありました。一茶の「まけるな」は、応援しながら自分も一緒にがんばっているようすがみえて、心地良いと思いました。

「がんばれ」論のリンク
「がんばれ」と「がんばる」-心の旅人ー幸せ配達人
「がんばれ」考-TABASCO PEPPER
寮父先生から 「がんばれ」-KLAS(スイス公文学園高等部)レポート
posted by jun at 19:42| Comment(6) | TrackBack(1) | つれづれ@ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ここでは初めましてですね。
これからもよろしくお願いします。

「がんばれ。がんばって」の言葉の重み。
とても考えさせられました。

「がんばれ。がんばって」によって
「今こんなに頑張っているのにまだ頑張るの」と自分に問いかけたりしながら苦しみ
次第に
相手はその言葉が精一杯の表現だからと
流すようにしたり、、、ね。

今は、若い人たちに着いていけず苦戦している中国語入門教室で周りから
「頑張って訳してみる?」など言われると
頑張ってしまいます。
心を励ます頑張れはきつい。
行動の頑張れは発憤するのでしょうかね
Posted by 恵子ママ at 2007年02月25日 10:12
恵子ママ、こんにちは。
中国語講座で頑張ってしまうというのは
面白いですねえ。楽しい頑張れで、いつのまにか上達するのはいいなあ。

>心を励ます頑張れはきつい。
>行動の頑張れは発憤するのでしょうかね
なるほど〜!わかりやすい説明。ありがとうございます。
Posted by jun at 2007年02月25日 16:27
拙いエントリーを記してみたものの、未だに「がんばれ」について考え続けております。
相変わらず、使うことに躊躇しております・・・。
Posted by 番記者O at 2007年03月04日 16:23
安易に「がんばれ」を使いすぎるのは何故なのでしょう?「前畑頑張れ」の実況放送があった昭和11(1936)以降、「がんばれ」が多用されるようになったように思います。

誤使用で「がんばれ」ほどの害はないけれど、もう一つ使いすぎで気になるのは「すみません」。感謝の言葉がふさわしい場面でも「すみません」を使われると、がっかりします。
Posted by jun at 2007年03月05日 14:21
なるほど。
「ありがとう」と言わずに「すみません」と言ってしまう自分に気付いたことがあります。
感謝ではなく、謝意を口にする。
未だについ口にしてしまうことがありますです・・・。
Posted by 番記者O at 2007年03月06日 21:55
「がんばれ」「すみません」困った誤使用、
なんでこうなるのでしょう?
ボキャブラリーの貧しさでしょうか、
豊かな日本語がいろいろあるのに。
心の貧しさだとしたら、とても残念なことです。
Posted by jun at 2007年03月07日 07:36
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Excerpt: 「頑張れ」に対する違和感  「頑張れ!」という台詞を励まし・応援の言葉して簡単に使うけれど,既に頑張っている状況で無責任・無邪気に「頑張れ」と言われると,「もう頑張ってるよ」と思ってしまう.既に一生..
Weblog: 水たまりの雨音
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