2007年03月20日

ホリエモンの判決で

2007年03月16日、捜査段階から一貫して無罪を主張していた堀江貴文被告でしたが、判決は実刑2年6ヶ月(求刑は懲役4年)。粉飾決算による有価証券報告書の虚偽記載と偽計・風説の流布の起訴事実をすべて認めた形です。小坂敏幸裁判長は判決読み上げ後、妙な諭しをしました。


障害を持つ子の母親から手紙が来て、その子は障害を克服して働く力を被告からもらった証しとして、一生懸命働いてためたお金でライブドア株を購入して、いまでも大切に持ち続けているというのです。裁判長は「被告人の姿に勇気付けられた子がいることを忘れずに、罪を償い、その能力を生かして再出発してください。」と言ったというのですが、私は何言っているのだろうと理解できずにいます。

その子は、障害を持っていようがいなかろうが、とにかくホリエモンに大いに期待して株を買って大損したわけで、いい社会勉強をしたのです。まずはその現実を正面から受け止めることが大切です。株はお守りではありません。だのに「力をもらった証」として未だに幻想の世界にいるということを、美談?にしてしまっていいのでしょうか。手紙を書いた母親は、裁判長に何を求めていたのかわかりませんが、子どもが株を買うのを手伝ったのではないかと想像しています。

私の息子も当時はホリエモンにあこがれ、ライブドアの株を買いたい、将来はホリエモンの会社に入りたいと言ってました。ライブドア株は一株単位で売買され、その価格はとても安かったので子どもでも買おうとすれば可能でした。私は息子に、売買手数料の説明をし、安い株をほんの少し買うとどうなるか計算させました。手数料で割高になることを知った息子は、株の購入を断念しました。その頃できたてのネット証券会社があって、手数料がキャンペーンで無料のところがあるということは、教えませんでした。

その後どんどん株が上がって息子は悔しがってましたが、そのうちホリエモンが逮捕されると、とてもがっかりして2ヶ月ほど元気がありませんでした。息子は希望や目標を喪失したわけです。私はいい勉強をしたのだと息子を見守りました。息子は当時小学生で、実際に投資したわけでもなかったのに、2ヶ月も落ち込むというのは長かったと思います。それほどにホリエモンの影響力があったのです。これが大きな希望をもって、なけなしのお金を投資したのだったらショックが大きすぎて、いつまでも現実を受け入れられないということもあるかもしれません。

ところで私はどうしたかというと、ちゃっかりライブドアの株を2004年秋から2005年春の間に3度売買し、多少の利益を得ました。でもライブドア株の変動に危険を感じていたので、ちょっと利益がでるとすぐ売ったし、わずかの投資だったので、わずかなおこずかいを得たにすぎません。株価が500円以上になってからは、非常に危険と思って手を出しませんでした。1000円を超えてからは、なんでこんなに株を買う人がいるのだろうとあきれていたら、ホリエモン逮捕でした。ライブドア株で大損した個人投資家が多いらしいので、1円も損しなかった私がこんなことを言うと、うらまれるかもしれませんが、危険を感じずに大切な虎の子の退職金まで注ぎこんだという人がいたという当時の状況というのが、異常だったのではないでしょうか。

なんで私がライブドア株に興味を持ったのかと言うと事情があります。口座を持っていた証券会社がライブドアに買収されて、突然ライブドア証券になってしまったからです。これが私のライブドアショックです。そういうわけで警戒しながらライブドア株の動きを追っていたところ、面白い動きをするので、ちょっとだけ乗ってみたのです。ホリエモンのことは正直に告白しますが、尊敬とか信頼というものではなく、面白ろがっていました。当時ホリエモンを尊敬する人、嫌う人、面白がる人と別れていたように思います。こういうホリエモン現象みたいなものも、面白がっていました。

私が警戒したホリエモンの言葉は、大胆な行動にたいして「恐くないか」というインタビューに、「だっていいじゃない。失敗したら無一文になるだけなんだから。」という返答でした。たいていの経営者は建前であったとしても社員の生活や株主の利益云々と言うのに、ホリエモンは自分さえよければかまわないと、堂々と表明していました。それでも事業が上向きであれば新しいタイプの経営者として注目されたり、虎の子の大切なお金で株を大量に買われたりしていました。

ホリエモンの人気は「反体制の寵児」というイメージだったと思うのですが、衆院選に無所属とはいえ、ほとんど自民党の公認みたいな形で立候補したことで、反体制の化けの皮がはがれました。それでも人気が落ちなかったのは、なんだったのでしょう。

実刑判決には驚きました。「みせしめだ」という感想を持った人もいるようですが、さあどうなんでしょうか。

裁判長のことばの記事 2007年03月16日 時事通信社

「ひとこと言っておきたい。この事件に関して、裁判所に何通かの手紙がきました」と語り始めた。その中には「障害を持つ子の母親」からの手紙があったという。
「その子は、被告人が大きな夢を持ち、若くして会社を起こし、上場企業に育てたことであこがれの対象だった。障害を克服して働く力を被告からもらった証しとして、一生懸命働いてためたお金でライブドア株を購入して、いまでも大切に持ち続けているそうです」。このとき、じっと聞き入っていた堀江被告は深々と頭を下げた。
 最後に裁判長は「被告人の姿に勇気付けられた子がいることを忘れずに、罪を償い、その能力を生かして再出発してください」と締めくくった。同被告は再び深々と一礼し、被告席に着席すると、脱力したように天井を仰ぎ見た。 
posted by jun at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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